むかしむかし、ある秋の日のこと、将軍さまが鷹狩りで森にお出掛けになりました。存分に鷹狩りを楽しんだ将軍さま、お腹がグウと鳴りました。お日さまはちょうど真上、お昼にするにはうってつけの頃合いです。
森のそばには目黒の村がありました。村の見晴らしの良い高台に一軒の茶屋がありましたので、将軍さまはその茶屋に立ち寄られ、茶屋の主人に命じました。
「なにか腹の足しになるものはあるかい。何でもいいのだ。腹ぺこなのでな」
そうは言っても、相手は将軍さまです。おかしなものは出せません。困ってしまった主人でしたが、
「何でもいいから早くしてくれ」
将軍さまがせかすものですから、仕方なくありあわせの秋刀魚を炭火で焼いてお出ししたのです。
鯛や平目は食べ慣れていても、秋刀魚のような庶民が口にする魚を食べたことのない将軍さま。脂がのってまるまる太った秋刀魚をひとくち食べたところ、それはもうとびきりに美味しく感じました。
「おい、この魚は何と言う名前なのだ」
「へえ、秋刀魚といいます」
「ほう、サンマというのか」
将軍さまは大層満足して帰っていきました。

しばらく経ったお城でのことです。
将軍さまは茶屋で食べた秋刀魚の旨さを思い出し、また食べたくなりました。そこで家来を呼びよせて、食事に秋刀魚を出せと命令します。
家来は困ってしまいました。
秋刀魚は庶民の食べ物。将軍さまに召しあがっていただけるような魚ではなかったからです。
なにはともあれ最高級の魚といえば銚子(ちょうし)だろうと、その家来は部下を銚子に行かせ、とびきり新鮮でとびきり見た目が良い秋刀魚を買わせました。
銚子で買った秋刀魚を受け取った料理人は、炭火で秋刀魚を焼いてみました。秋刀魚は焼くとたっぷりの脂が出てきます。
「脂は上様のお身体によろしくないな」
脂を全部抜いてしまいました。
「骨が上様の喉に刺さっては一大事」
骨も一本一本、全部取ってしまいました。
「頭が付いているのも見た目が良くない」
頭も切り落としてしまいました。
こうなると、もう魚の形をしていません。料理人は残った身を団子にして、汁に入れて、お椀で将軍さまにお出ししてしまいました。
脂したたる焼き秋刀魚を思い描いていた将軍さまは、出てきた秋刀魚を見てびっくり、食べてがっかり。
「これは本当にサンマなのか」
思わず家来に問いただしてしまいます。
「はっ、銚子で仕入れた特上の秋刀魚でございます」
「何だと。それはいかん」
家来は意味が判りません。
「はっ、いけなかったでしょうか」
「うむ。銚子はいかん。サンマは目黒の物に限るのじゃ」
むかしむかし、あるあきの日のこと、しょうぐんさまが たかがりで森にお出かけになりました。ぞんぶんに たかがりを たのしんだ しょうぐんさま、おなかがグウとなりました。お日さまは ちょうどまうえ、おひるにするには うってつけの ころあいです。
森のそばには目黒(めぐろ)の村がありました。村の見はらしのよい たかだいに 一けんの「ちゃや」がありましたので、しょうぐんさまは その「ちゃや」に立ちよられ、「ちゃや」のしゅじんに めいじました。
「なにか はらの足しになるものはあるかい。なんでもいいのだ。はらぺこなのでな」
そうは言っても、あいては しょうぐんさまです。おかしなものは出せません。こまってしまった しゅじんでしたが、
「なんでもいいから早くしてくれ」
しょうぐんさまが せかすものですから、しかたなくありあわせのサンマを すみびで やいてお出ししたのです。
タイやヒラメは たべなれていても、サンマのような しょみんが口にするさかなを たべたことのないしょうぐんさま。あぶらがのって まるまる太ったサンマをひとくち たべたところ、それはもうとびきりに おいしくかんじました。
「おい、このさかなは なんと言う名前なのだ」
「へえ、サンマといいます」
「ほう、サンマというのか」
しょうぐんさまは たいそうまんぞくしてかえっていきました。

しばらくたった おしろでのことです。
しょうぐんさまは 「茶屋」でたべたサンマのうまさをおもい出し、またたべたくなりました。そこでけらいを よびよせて、しょくじにサンマを出せとめいれいします。
けらいはこまってしまいました。
サンマはしょみんのたべもの。しょうぐんさまに めしあがっていただけるような さかなではなかったからです。
なにはともあれ さいこうきゅうのさかなといえば銚子(ちょうし)だろうと、そのけらいは ぶかを銚子に行かせ、とびきりしんせんで とびきり見た目がよい サンマを買わせました。
銚子で買ったサンマをうけとった りょうりにんは、すみびで サンマをやいてみました。サンマは やくとたっぷりのあぶらが出てきます。
「あぶらは上さまの おからだによろしくないな」
あぶらをぜんぶ ぬいてしまいました。
「ほねが上さまの のどにささっては いちだいじ」
ほねも一本一本、ぜんぶとってしまいました。
「あたまがついているのも 見た目がよくない」
あたまも きりおとしてしまいました。
こうなると、もうさかなのかたちをしていません。りょうりにんは のこった「み」をだんごにして、「しる」に入れて、「おわん」でしょうぐんさまにお出ししてしまいました。
あぶらしたたる やきサンマをおもいえがいていた しょうぐんさまは、出てきたサンマを見てびっくり、たべてがっかり。
「これはほんとうにサンマなのか」
おもわず けらいに といただしてしまいます。
「はっ、銚子で しいれた とくじょうのサンマでございます」
「なんだと。それはいかん」
けらいは いみがわかりません。
「はっ、いけなかったでしょうか」
「うむ。銚子はいかん。サンマは目黒のものにかぎるのじゃ」