【兵庫県】かすがの坂の気のいいナマズ

かすがの坂の気のいいナマズ 兵庫県神戸市
ふしぎ動物

一般向け かんじすくなめ こどもむけ

むかしむかし、神戸の町の外れの村に、ひと組の夫婦が暮らしていました。夫の名前は竹次郎、妻の名前はもえと言いました。ふたりは仲睦まじくて、気は優しく、困った人を見ると手助けを惜しまない夫婦でした。

ふたりの家の隣には、銀蔵という男がひとりで住んでいました。銀蔵はしみったれていて、意地悪な性格だったので、村の人から煙たがられていました。
ある日のこと、銀蔵の家の戸を叩く音がしました。銀蔵が出てみると、そこにはぼろぼろの薄汚い服を着て、やたら長いヒゲをたくわえたお年寄りが立っていました。
「腹が減って死にそうなんや…飯を一杯だけでいいから食わせてもらえんか」
しかし銀蔵は眉間に皺を寄せて、
「お前みたいな者にやる飯なんかあらへん」
と言い放ち、すぐに扉を閉めてしまいました。

そこへたまたま隣のもえが通りかかりました。
「お腹が空いてるのなら、うちへいらっしゃい」
もえはそう言うと、身なりの汚いお年寄りを家に招き入れたのです。そしてありったけの米を惜しまずに炊いて食べさせてやりました。
お年寄りは感激して、食事のお礼に顔に生えている長い長いヒゲを1本引き抜くと、もえに手渡しました。
「このヒゲを大事にして、何か困ったことが起きたら、池の上に浮かべたらええ。ほなら、ごちそうさん」
お年寄りはにっこりと笑って、家から出て行きました。

月日は流れて、夏になりました。ちかごろ竹次郎の様子がどうもおかしいのです。暑さのせいでしょうか。身体がだるくなり、気分も落ち込んで、畑仕事もできなくなってしまいました。一日中寝込むようになってしまったのです。
もえは一生懸命に看病しましたが、良くなる気配はありません。困り果てたもえでしたが、以前に来たお年寄りが言った言葉をふと思い出しました。
「池にヒゲを浮かべろと言ってはった。ヒゲ…どこに置いたんやろう。ああ、あった」
もえはヒゲを手にすると、迷わず家を飛び出して、池に向かいました。

池は村の人たちから籠池(かごいけ)と呼ばれていました。竹で編んだカゴは水が漏れてしまうことから、なかなか水が貯まりにくいこの池をそう呼んでいたのです。さらに籠池は、風が吹かないのに大きな波が立ったり、夜更けに突然ドボンという水音がするなど、不思議なことがいくつも起きていたのでした。
村の人たちはこれらを、池に棲んでいる竜の仕業だと思っていたのです。

池

しかし実際には竜が棲んでいるはずもなく、その正体は一匹のナマズでした。
ナマズが身体を揺すると地震が起きるという話を聞いた事がありませんか? 寂しがり屋のナマズはヒゲをぶるぶると動かして、波を立てたり、ドボンと水音を立てて村の人たちの気を引いていたのでした。しかも竜が棲んでいると噂まで立つと、なんだかますます嬉しくなってしまうのでした。

そんなナマズが棲む籠池にやって来たもえは、早速長いヒゲを水面に浮かべて手を合わせました。
「竹次郎さんの病気が早く治りますように…」
ヒゲは一瞬、キラッと光ったかと思うと、静かに水の中に沈んで行きました。
「竜がヒゲを吸いこんだんやろか…」
もえはそう思いながら立ち上がり、まっすぐ家に戻りました。
家に着くと、寝込んでいたはずの竹次郎がぴんぴんしています。
「竜の神さんのおかげやな」
もえが事情を話すと、竹次郎はうんうんと頷いてそう答えました。

実のところ、ヒゲが水の中に沈んで行ったのは、ナマズのせいだったのです。水面に浮かぶヒゲを見つけたナマズが、興味を抱いて少し引っ張ったのでした。ナマズに咥えられたヒゲは水の奥底に沈んで行きましたが、突然キラッと光ると、なぜかフッと消えたのです。ナマズは何が起きたのか分かりませんでした。

竹次郎ともえは、町へ行ってお酒を買い、お団子をこしらえて、籠池に向かいました。そしてお酒とお団子をお供えして、お礼を言いました。
たくさんのお供えを見たナマズは大喜びしました。

さて、何日か経ったころ、 今度は隣に住む銀蔵が倒れてしまいました。起き上がることもできず、食欲もなくなってしまったのです。竹次郎ともえは、銀蔵を心配し、再び籠池に向かいました。
「竜の神さん、今度は銀蔵が病気になってしまいましてん。なんとか治してやりたいんやけれど、あのヒゲをもう一回貸してくれへんやろか」
ふたりの願い事を聞いたナマズはビックリ。
「あのヒゲは竜の神さんのヒゲやったのか。まいった。なんとかしてやりたいけど、どうすりゃええんや…」
考えに考えたナマズは、自分の顔に生えているヒゲを、ふたりにあげました。そして、
「このヒゲを手にして『籠池の主はありがたい主』と百回唱えながら、春日の坂を右回りに歩きなはれ。唱え終ったらここにヒゲを戻しなはれ」
と言って、水の底に潜って行きました。しかし得意げにそうは言ったものの、ナマズが言ったことはデタラメでした。それでもふたりをがっかりさせたくないと思って、大事なヒゲを引き抜いてあんなことを言ったのでした。

そのデタラメな言葉をそのまま信じた竹次郎ともえは、すぐにヒゲを片手に「籠池の主はありがたい主」と唱えながら、春日の坂を歩きました。そしてヒゲを池に戻したところ、不思議なことに銀蔵の病気はすっかり治っていたのでした。
ふたりがこれまでのいきさつを話すと、銀蔵は目を丸くして驚きました。
「そんなことがあったんか…」
ようやく目を覚ました銀蔵は、今までの態度をすっかり反省しました。三人は一緒にお酒を買いに行き、お団子をこしらえて、再び籠池にお礼に行ったのでした。

さて、これでめでたしめでたしと思いきや、そうではありません。籠池のナマズはまたまたお供えをもらえて、大喜びかと思いきや、実は池の底でしょんぼりしていました。
大事なヒゲを全部失ってしまったからです。ヒゲがなければ波を立てることもできませんし、大きな水音も立てられません。楽しみがなくなって、すっかりしょげていたのです。

そんなナマズの姿を見ていたのが、布引の滝に棲む本物の竜の神様でした。竜の神は籠池に向かうと、ナマズに言いました。
「ナマズよ。勝手にわしの名前を使って、デタラメなことを言いよったな。そんな悪いナマズには、罰を与えねばならん。
この籠池に棲むことは、わしが許さんぞ。今後は竹次郎の家のそばの小さな池に棲めばよい。とはいえ、デタラメな言葉も身勝手な理由から口走ったものではないのだから、許してやろう。お前のヒゲも元通りにしてやろうじゃないか」

そんなことがあってから、この村では何か願い事があるときには、手にキラッと光る物を持って、
「かすがの坂のナマズは、気のいいナマズ」
と唱えるのだそうな。

むかしむかし、神戸(こうべ)の町の 外れの村に、ひとくみの ふうふが くらしていました。おっとの名前は たけじろう、つまの名前は もえ と言いました。ふたりは なかむつまじくて、気はやさしく、こまった人を見ると 手だすけを おしまないふうふでした。

ふたりの家の となりには、ぎんぞうという男が ひとりで住んでいました。ぎんぞうは しみったれていて、いじわるな せいかくだったので、村の人から けむたがられていました。
ある日のこと、ぎんぞうの家の戸を たたく音がしました。ぎんぞうが 出てみると、そこには ぼろぼろの うすぎたないふくをきて、やたら長い ヒゲをたくわえた お年よりが 立っていました。
「はらがへって しにそうなんや…めしを 一ぱいだけでいいから 食わせてもらえんか」
しかしぎんぞうは みけんに しわをよせて、
「お前みたいなものにやる めしなんかあらへん」
と言いはなち、すぐにとびらを しめてしまいました。

そこへたまたま となりのもえが 通りかかりました。
「おなかが 空いてるのなら、うちへ いらっしゃい」
もえは そう言うと、みなりのきたない お年よりを 家にまねき入れたのです。そしてありったけの コメを おしまずにたいて 食べさせてやりました。
お年よりは かんげきして、しょくじのおれいに かおに生えている 長い長いヒゲを 1本ひきぬくと、もえに 手わたしました。
「このヒゲを だいじにして、何かこまったことが おきたら、池の上に うかべたらええ。ほなら、ごちそうさん」
お年よりは にっこりとわらって、家から 出て行きました。

月日はながれて、なつに なりました。ちかごろ たけじろうのようすが どうもおかしいのです。あつさのせいでしょうか。体が だるくなり、気分も おちこんで、畑しごとも できなくなってしまいました。一日じゅう ねこむように なってしまったのです。
もえは いっしょうけんめいに かんびょうしましたが、よくなる けはいはありません。こまりはてた もえでしたが、いぜんに来た お年よりが言った ことばを ふと思い出しました。
「池に ヒゲをうかべろと 言ってはった。ヒゲ…どこにおいたんやろう。ああ、あった」
もえは ヒゲを手にすると、まよわず家を とび出して、池に 向かいました。

池は 村の人たちから 「かごいけ」と 呼ばれていました。たけであんだカゴは 水がもれてしまうことから、なかなか水が たまりにくいこの池を そうよんでいたのです。さらに「かごいけ」は、かぜがふかないのに 大きななみが立ったり、よふけにとつぜん ドボンという水音が するなど、ふしぎなことが いくつも おきていたのでした。
村の人たちは これらを、池にすんでいる 「りゅう」のしわざだと 思っていたのです。

池

しかしじっさいには 「りゅう」が すんでいるはずもなく、その正体は 一ぴきのナマズでした。
ナマズが 体をゆすると じしんが起きるという話を 聞いたことがありませんか? さびしがりやのナマズは ヒゲをぶるぶると うごかして、なみを立てたり、ドボンと水音を立てて 村の人たちの 気をひいていたのでした。しかも「りゅう」が すんでいると うわさまで立つと、なんだかますます うれしくなってしまうのでした。

そんなナマズがすむ 「かごいけ」に やって来たもえは、さっそく長いヒゲを すいめんにうかべて 手を合わせました。
「たけじろうさんの びょうきが 早くなおりますように…」
ヒゲはいっしゅん、キラッと光ったか と思うと、しずかに水の中に しずんで行きました。
「『りゅう』が ヒゲをすいこんだんやろか…」
もえはそう思いながら 立ち上がり、まっすぐ家に もどりました。
家につくと、ねこんでいたはずの たけじろうが ぴんぴんしています。
「『りゅう』のかみさんの おかげやな」
もえが じじょうを話すと、たけじろうは うんうんとうなずいて そうこたえました。

じつのところ、ヒゲが 水の中に しずんで行ったのは、ナマズのせい だったのです。すいめんにうかぶ ヒゲを見つけたナマズが、きょうみを いだいて 少しひっぱったのでした。ナマズに くわえられたヒゲは 水のおくそこに しずんで行きましたが、とつぜん キラッと光ると、なぜかフッと きえたのです。ナマズは 何が起きたのか 分かりませんでした。

たけじろうと もえは、町へ行って おさけをかい、おだんごをこしらえて、「かごいけ」に 向かいました。そしておさけとおだんごを おそなえして、おれいを言いました。
たくさんの おそなえを見た ナマズは 大よろこびしました。

さて、何日か たったころ、 こんどは となりに住む ぎんぞうが たおれてしまいました。起き上がることも できず、しょくよくも なくなってしまったのです。たけじろうと もえは、ぎんぞうを しんぱいし、ふたたび「かごいけ」に 向かいました。
「『りゅう』のかみさん、こんどは ぎんぞうが びょうきに なってしまいましてん。なんとか なおしてやりたいんやけれど、あのヒゲを もう一かい かしてくれへんやろか」
ふたりのねがいごとを聞いた ナマズはビックリ。
「あのヒゲは 『りゅう』の神さんの ヒゲやったのか。まいった。なんとかして やりたいけど、どうすりゃ ええんや…」
かんがえに かんがえたナマズは、自分のかおに 生えているヒゲを、ふたりに あげました。そして、
「このヒゲを 手にして『かごいけのヌシは ありがたいヌシ』と 百かい となえながら、かすがのさかを 右まわりに あるきなはれ。となえおわったら ここにヒゲを もどしなはれ」
と言って、水のそこに もぐって行きました。しかしとくいげに そうは言ったものの、ナマズが 言ったことは デタラメでした。それでもふたりを がっかりさせたくないと思って、だいじなヒゲを ひきぬいて あんなことを 言ったのでした。

そのデタラメなことばを そのまましんじた たけじろうと もえは、すぐにヒゲを かた手に「『かごいけ』のヌシは ありがたいヌシ」と となえながら、かすがのさかを あるきました。そしてヒゲを 池にもどしたところ、ふしぎなことに ぎんぞうの びょうきは すっかりなおっていたのでした。
ふたりが これまでのいきさつを 話すと、ぎんぞうは 目をまるくして おどろきました。
「そんなことが あったんか…」
ようやく 目をさました ぎんぞうは、今までのたいどを すっかりはんせいしました。三人は 一しょにおさけを かいに行き、おだんごを こしらえて、ふたたび「かごいけ」に おれいに 行ったのでした。

さて、これで めでたしめでたしと 思いきや、そうではありません。「かごいけ」のナマズは またまたおそなえを もらえて、大よろこびかと 思いきや、じつは 池のそこで しょんぼりしていました。
だいじなヒゲを ぜんぶ うしなってしまったからです。ヒゲがなければ なみを立てることも できませんし、大きな水音も 立てられません。たのしみが なくなって、すっかり しょげていたのです。

そんなナマズのすがたを 見ていたのが、ぬのびきのたきに すむ 本ものの「りゅう」の神さまでした。「りゅう」のかみは 「かごいけ」に向かうと、ナマズに 言いました。
「ナマズよ。かってに わしの名前をつかって、デタラメなことを 言いよったな。そんなわるいナマズには、ばつを あたえねばならん。
この『かごいけ』に すむことは、わしが ゆるさんぞ。こんごは たけじろうの家のそばの 小さな池に すめばよい。とはいえ、デタラメなことばも みがってな りゆうから 口走ったものでは ないのだから、ゆるしてやろう。お前のヒゲも もとどおりに してやろうじゃないか」

そんなことが あってから、この村では 何かねがいごとが あるときには、手に キラッと光るものをもって、
「かすがのさかのナマズは、気のいいナマズ」
ととなえるのだそうな。


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