【愛知県】琴弾松

琴弾松 愛知県東海市
かなしいふしぎ

一般向け かんじすくなめ こどもむけ

むかしむかし、海にほど近い横須賀(よこすか)の村に、大教院(だいきょういん)というお寺がありました。お寺には都から逃げて来たひとりの侍が、ひっそりと隠れ住んでいました。

お寺の境内には、大きな大きな松の木がありました。ときおり海から風が吹くと、松の木の枝が揺れて、ざわわと音を立てます。その音は侍の心を、たいそう落ち着かせてくれるのでした。
いつからか、海風で松の枝が音を立てるのに合わせて笛を吹くことが、侍のたったひとつの楽しみになりました。

ある夜のこと、良い具合に海風が吹いてきたので、侍は懐から笛を取り出して、そおっと吹き始めました。松の枝がざわめく音と緩やかな笛の音が心地よく合わさって、侍は何とも言えない幸せな気持ちになりました。

しばらく笛を吹いていると、どこからでしょうか、琴の音色が聞こえてきました。琴の音が、侍の笛の音と海風が松の木を揺らす音に混じって、なおいっそう心に沁みる音色になりました。
そして侍が笛を吹き終わると、同時に琴の音も鳴り止みます。

「さて…こんな田舎の村に、琴の名手がいるらしい。果たしてどこの誰なのじゃろうか」
侍は琴の主が気になりました。琴の音は聞こえてきますが、弾いている姿は見えません。どこから聞こえて来るのかも、いまひとつはっきりしません。

それでもこれだけの腕前なのだから、きっとどこかの殿様の姫様が弾いているのに違いないと、侍は思うようになりました。
その日だけではなく、次の日もその次の日も良い海風が吹きました。侍が風に揺れる松の枝に合わせて笛を吹くと、やはり聞き覚えのある琴の音がどこからか流れてくるのでした。

琴

そしてある日、侍は近所に住む人から、お寺の近くのお屋敷にどこぞの殿様の姫様がお忍びで訪ねて来ていることを知りました。
「きっとその姫様に違いない…」
そう感じた侍は、そのお屋敷を訪ねてみることにしました。

お屋敷の門の前に立った侍は、大きな声で人を呼びます。中からひとりの女が出てきました。
「突然申し訳ない。こちらに琴の名手がおられると聞いたのじゃが…」
女はこくりと頷いて、言葉を継ぎました。
「ええ、確かに。琴姫様が琴を嗜みますけれど…」
「やはりそうか!」
「…けれど、先日患いまして、還らぬ人となってしまいました…」
「なんと…」
「はい。琴を大層お好みでした。片時も琴を手放さなかったほどでして…」

悲しい知らせを聞いて、ただ立ち尽くすしかなかった侍でしたが、そこへびゅうっと風が吹き渡りました。風は松の木を揺らして、ざわわと音を立てました。侍はおもむろに笛を取り出し、風に合わせて音を鳴らします。
すると、やはりどこからか聞こえるはずのない琴の音が聞こえて来ました。
琴の音は笛を吹き終わるまで続きました。

その後もこの寺では、良い風が吹いて松の枝が揺れると、笛と琴の音色が時折聞こえて来ることがあったそうな。

むかしむかし、海にほど近い 横須賀(よこすか)の村に、大教院(だいきょういん)という お寺がありました。お寺には みやこから にげて来た ひとりのさむらいが、ひっそりと かくれ住んでいました。

お寺のけいだいには、大きな大きな マツの木が ありました。ときおり海から かぜがふくと、マツの木の えだがゆれて、ざわわと 音を立てます。その音は さむらいの心を、たいそうおちつかせてくれるのでした。
いつからか、海かぜで マツのえだが 音を立てるのに合わせて ふえをふくことが、さむらいの たったひとつの たのしみになりました。

あるよるのこと、よいぐあいに 海かぜが ふいてきたので、さむらいは ふところから ふえをとり出して、そおっと ふきはじめました。マツのえだが ざわめく音と ゆるやかな ふえの音が ここちよく 合わさって、さむらいは 何とも言えない しあわせな 気もちになりました。

しばらくふえを ふいていると、どこからでしょうか、「こと」の音色が 聞こえてきました。「こと」の音が、さむらいのふえの音と 海かぜが マツの木を ゆらす音にまじって、なおいっそう 心にしみる 音色になりました。
そしてさむらいが ふえを ふきおわると、どうじに 「こと」の音も なりやみます。

「さて…こんないなかの村に、『こと』の名手がいるらしい。はたして どこのだれなのじゃろうか」
さむらいは 「こと」のぬしが 気になりました。「こと」の音は 聞こえてきますが、ひいているすがたは 見えません。どこから 聞こえて来るのかも、いまひとつ はっきりしません。

それでも これだけの うでまえなのだから、きっとどこかの とのさまの ひめさまが ひいているのに ちがいないと、さむらいは 思うようになりました。
その日だけではなく、つぎの日も そのつぎの日も よい海かぜが ふきました。さむらいが かぜにゆれる マツのえだに合わせて ふえをふくと、やはり 聞きおぼえのある 「こと」の音が どこからか ながれてくるのでした。

琴

そしてある日、さむらいは きんじょに 住む人から、お寺のちかくの おやしきに どこぞのとのさまの ひめさまが おしのびで たずねて来ていることを 知りました。
「きっとそのひめさまに ちがいない…」
そうかんじた さむらいは、そのおやしきを たずねてみることにしました。

おやしきの 門の前に立った さむらいは、大きなこえで 人をよびます。中から ひとりの女が 出てきました。
「とつぜん もうしわけない。こちらに『こと』の名手が おられると聞いたのじゃが…」
女は こくりと うなずいて、ことばを つぎました。
「ええ、たしかに。ことひめさまが 『こと』を たしなみますけれど…」
「やはりそうか!」
「…けれど、先日 わずらいまして、かえらぬ人と なってしまいました…」
「なんと…」
「はい。『こと』をたいそう おこのみでした。かたときも 『こと』を 手ばなさなかったほどでして…」

かなしいしらせを 聞いて、ただ 立ちつくすしかなかった さむらいでしたが、そこへびゅうっと かぜが ふきわたりました。かぜは マツの木をゆらして、ざわわと 音を立てました。さむらいは おもむろに ふえをとり出し、かぜに合わせて 音をならします。
すると、やはりどこからか 聞こえるはずのない 「こと」の音が 聞こえて来ました。
「こと」の音は ふえを ふきおわるまで つづきました。

そのごも この寺では、よいかぜがふいて マツのえだがゆれると、ふえと「こと」の音色が ときおり聞こえて来ることが あったそうな。


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大教院

大教院

琴弾松と呼ばれる松の木がかつてあったそうですが、現在は枯れてしまい、琴弾松の碑だけが残っています



よみ だいきょういん
住所 愛知県東海市横須賀町三ノ割丁29
電話 0562-32-1390
時間
休み なし
料金 無料
その他  

画像引用:日蓮宗ポータルサイト(http://temple.nichiren.or.jp/3041046-daikyouinn/)

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