むかしがたり

病気の母のために禁漁の海に舟を出した平治「阿漕平治」

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阿漕平治 三重県津市

  • かなしい

一般向け かんじすくなめ こどもむけ

むかしむかし、伊勢の阿漕(あこぎ)という浜辺の村に平治(へいじ)という男が住んでいました。平治は母と二人で暮らしていましたが、母がほどなく病にかかりました。

平治は熱心に看病しますが、母の様子は良くなるどころか悪くなるばかり。途方に暮れた平治は、海に向かってただ祈るしかありません。
そこへ村の年寄りがやって来て、平治につぶやきました。
「おっかさんの病はな、ヤガラが効くぞ」

ヤガラというのは、口先が槍のように尖った細長い魚のことです。病に効くのならヤガラを獲って来れば良いのですが、このあたりではヤガラは阿漕の海でしか獲れませんでした。
おまけに阿漕の海は伊勢の神宮にお供えする魚を獲る海なので、村人が勝手に漁をすることは固く禁じられていたのです。もし漁をしているところを見つかると、重い重い罰を受けねばなりません。

罰は受けたくありませんが、日に日に弱っていく母の姿を見ていると、そんなことを考える余裕もなくなってしまいます。そしてついにその夜、平治は暗闇に紛れてそっと舟を漕ぎ出してしまったのです。

「どうか誰にも見つかりませんように…」
そう念じながら網を海に投げ入れたところ、どうでしょう、話に聞いたヤガラが見事に掛かっていました。
平治は急いで舟を浜に戻し、家に走るとヤガラを料理して母に食べさせました。

ヤガラ

「旨いのう、旨いのう」
心なしか母の元気が出たようで、平治もひと安心します。やはりヤガラは病に効くのだと確信した平治は、その次の晩も、そのまた次の晩もそっと漁に出てヤガラを獲って来ては母に食べさせました。

ある夜のこと。平治が闇夜に紛れて沖合で網を投げたところ、浜辺のほうから小さな灯りがこちらへじわじわ近付いてくるのが見えました。
「なんだべ、あれは…」
よくよく目を凝らして見ると、どうやら役人の舟のようでした。漁をしているところを役人に見られて捕まってしまえば、命の保証はありません。
平治は網を放り投げると、舟を漕いで一目散に逃げました。

けれども翌朝、役人が平治の家を訪ねてきて、平治を捕えてしまいます。慌てて逃げた平治は気付かずに菅笠(すげがさ)を落としてしまい、それを役人の舟が拾ったのです。
平治は罰を受け、殺されてしまいました。
次いで平治の母も病が再び重くなり、亡くなってしまいます。

平治が死んだその夜から、浜辺の村では波音に紛れて泣き声が聞こえるようになりました。
「あれは平治の泣き声に違いないて」
噂をし合う村人たちもまた元気をなくし、病に倒れる者も出てくる始末。

そのころ、村の寺の坊さんも不思議な夢を見ました。夢枕で平治が、
「病気のおっかあのため、禁を冒してヤガラを獲ったせいでおっかあより先に死んでしまった。親より先に死ぬのは親不孝じゃて、成仏できんのじゃ」
泣きじゃくりながら訴えるのです。

目が覚めた坊さんは、浜辺へ行き、石に一文字ずつお経を書いては海に投げ入れて、平治の成仏を祈りました。
坊さんのお経のおかげで、それ以降、海の泣き声は聞こえなくなり、病気になった者もようやく元気になったそうな。

むかしむかし、伊勢(いせ)の阿漕(あこぎ)という はまべの村に平治(へいじ)という男が すんでいました。平治は母とふたりでくらしていましたが、母がほどなく やまいにかかりました。

平治はねっしんに かんびょうしますが、母のようすは よくなるどころか わるくなるばかり。とほうにくれた平治は、うみにむかって ただいのるしかありません。
そこへ村のとしよりが やって来て、平治につぶやきました。
「おっかさんの やまいはな、ヤガラがきくぞ」

ヤガラというのは、口先がヤリのようにとがった ほそながいサカナのことです。やまいにきくのならヤガラをとって来ればよいのですが、このあたりではヤガラは阿漕のうみでしか とれませんでした。
おまけに阿漕のうみは 伊勢のじんぐうに おそなえするサカナをとるうみなので、村人がかってに りょうをすることは かたくきんじられていたのです。もし りょうをしているところを見つかると、おもいおもい ばつをうけねばなりません。

ばつはうけたくありませんが、日に日によわっていく母のすがたを見ていると、そんなことを かんがえるよゆうも なくなってしまいます。そしてついに そのよる、平治はくらやみに まぎれてそっと ふねをこぎ出してしまったのです。

「どうかだれにも見つかりませんように…」
そう ねんじながら あみをうみに なげ入れたところ、どうでしょう、はなしにきいたヤガラが みごとにかかっていました。
平治はいそいで ふねをはまにもどし、家にはしるとヤガラをりょうりして母にたべさせました。

ヤガラ

「うまいのう、うまいのう」
こころなしか母のげんきが出たようで、平治も ひとあんしんします。やはりヤガラはやまいにきくのだと かくしんした平治は、そのつぎのばんも、そのまたつぎのばんも そっとりょうに出てヤガラをとって来ては母にたべさせました。

あるよるのこと。平治がやみよに まぎれて おきあいで あみをなげたところ、はまべのほうから 小さなあかりがこちらへじわじわ ちかづいてくるのが見えました。
「なんだべ、あれは…」
よくよく目をこらして見ると、どうやら やくにんの ふねのようでした。りょうをしているところを やくにんに見られてつかまってしまえば、いのちのほしょうは ありません。
平治はあみを ほうりなげると、ふねをこいで いちもくさんに にげました。

けれども よくあさ、やくにんが平治の家をたずねてきて、平治をとらえてしまいます。あわててにげた平治は きづかずに「すげがさ」をおとしてしまい、それをやくにんの ふねがひろったのです。
平治は ばつをうけ、ころされてしまいました。
ついで平治の母も やまいがふたたび おもくなり、なくなってしまいます。

平治がしんだ そのよるから、はまべの村では なみおとにまぎれて なきごえがきこえるようになりました。
「あれは平治のなきごえに ちがいないて」
うわさをしあう村人たちもまた げんきをなくし、やまいにたおれるものも 出てくるしまつ。

そのころ、村の寺のぼうさんも ふしぎなゆめを見ました。ゆめまくらで 平治が、
「びょうきの おっかあのため、きんをおかして ヤガラをとったせいで おっかあより先にしんでしまった。おやより先にしぬのは『おやふこう』じゃて、じょうぶつできんのじゃ」
なきじゃくりながら うったえるのです。

目がさめた ぼうさんは、はまべへ行き、石に一文字ずつ おきょうを書いては うみになげ入れて、平治のじょうぶつを いのりました。
ぼうさんの おきょうのおかげで、それいこう、うみのなきごえは 聞こえなくなり、びょうきになったものも ようやくげんきになったそうな。